自分の所有物の生前整理と親戚の遺品整理で困ったこと

知人や親戚に不幸があった場合を見聞きしてきた経験から、自分の終活を考えておく必要性を感じてきました。自分も多少携わり、或いは関係者から聴いた話をまず述べて見ます。

葬儀が終了して落ち着いた頃に遺族は故人の遺品整理に手をつけますが、その際形見分けできる品物は良いとして困る物は故人が趣味で集めた物、故人がかつて愛用していた古びたスポーツ道具、愛読書の山などがあります。

これらを仕分けし、業者に買付けしてもらえそうなもの、不用品として廃棄せざるを得ないもの、引き取り手がないもののまだ使えそうな物の回収業者探しなど結構細々した作業が多く、一方では各々の品に心残りもあって他人が思うほど簡単な仕事ではないようです。勿論その中に貴金属や明らかに高価なものがあれば考えに迷うことは少ないと思いますが。

さてこの経験を自分に当てはめて見ると、形見として残せるものはほとんどないことに気が付きました。自分の場合は書籍類が非常に多いのですが、小説、科学関係、経済から心理学その他実用書や様々な範囲に及んでいます。しかし興味に任せて買い集めた物ばかりであり、自分の死後に家族親類が喜んで読むであろうとはとても思えません。また古本屋に売れるほど価値のある書籍もない内容です。

そしてこれらを今後どう扱うかを判断し決断できるのは自分しかないわけで、ならば今のうちから書籍の重要性の低いもの順にボチボチ廃棄していこうかと考えています。

それともう一つ遺族には全く不要のものに同窓会の写真や名簿類があります。
ただこれは未だ必要であり、どの時期にどうするかは判断しきれません。

次に親戚(男)の遺品整理を手伝っていて困ったことについて述べてみます。整理する上で数が多く時間がかかったのがスーツやコートなどの衣類でした。

品物は結構高価でいい物ではあるものの体格が特に大きかったため、サイズが合わず引き取り手がいませんでした。サイズ直しをしてまでもということもあり、と言って故人が身に着けていたものを簡単に不用品として廃棄するわけにもいかず、一同頭を悩ませることとなりました。そしてサイズ以外にもう一つの問題は、品がよく手入れも行き届いているもののデザインや柄が今風の感覚には合わないことがありました。しかし、喜んで着てくれる人があれば是非譲りたい気持がありました。

そこでネットを通じて販売することも考えましたが、掲載する写真が必需品であり、それを1点1点分かってもらえるように撮影を始めましたがこれが想像以上に面倒でまたなかなかうまく写らないこともあり、この方法は早々と断念しました。そこでリサイクルショップをいくつか当たっているうちに興味を示してくれた店があったので、家に来てもらい衣類をチェックしてもらったところ、かなりの割合で買付けをしてくれたので取りあえず1段落したことにホットしたものです。

また残りの品は時間をかけてゆっくりと引き取り手を捜すか、最悪の場合には業者に回収してもらうこととした次第です。なお衣類以外では時計や宝飾品などの貴金属類は親族間で形見分けができました。